Diary

2016年12月30日(金)

お釈迦様は人間にあらず!?

こんにちは。
みなさまよい1年を過ごされましたか。

ブログには、時折、書いていたのですが、
このHPがおろそかになっていたので、
そろそろ再開いたします。

今年は、八王子の萌え寺、了法寺のご住職との、
楽しい語らいが続きました。
住職のススメで、『法華経』を読み始めて、
今日、読了しました。

『法華経』については、ちらちらとブログに書いていましたが、
それをこちらのHPに移動して、書き進めていきたいと思っております。

それにしてもまー、『法華経』は諸経の王様と言われるぐらいのシロモノで、
一筋縄ではいきませぬ。
研究されている方や、この教えを実践されている方は、
星の数ほどいらっしゃり、まさにリスペクトの嵐なのですが、
ここでは、私なりの感想文みたいなものを書き連ねます。

えっと、えっと、何から話していいものやら・・・。

あまりにお話ししたいことが膨大です。

そこで、順番は、ばらばらになりますが、
以前に読んだホットなところから、まずご挨拶程度に。

お釈迦様はかつて王子様で、家族を捨てて出家し、
苦行の時期を経た後、深い瞑想により悟りを得た、
というのは、よく聞く話というか、
まあ、仏教史的な事実な訳ですが、
『法華経』ではお釈迦様自体がこれをなんと全否定されています。

人間の形をして、修行して、悟った、
というストーリーがないと、
おまえら、理解できないだろ、
だから方便としてそう言った、というのです。

お釈迦様は、未来永劫ただそこに存在しつづけていて、
その存在にははじまりも終わりもない、とのことです。

まさに、不生不滅です。

これを聞いて、解放感を感じませんか。

だって、出家したら、スーパーマンのように、
深い悟りを得た、希有なお方という、
お釈迦様人間説は、どうも腑に落ちない。
そんな人、いるわけないからです。

そして、お釈迦様には姿も形もなく、
この宇宙、『法華経』的に言うと、
無数の宇宙の中にいきわたる、
時空間を越えた「何か」であるほうが、
よっぽど納得がいくわけです。

「人間ブッダ」と考えると、
居心地が悪くなるわけです。

この娑婆世界を超越した、
時間と空間をぶっ飛ばした世界に、
永遠に存在するお方がおられるということは、
私にとっては大きな救いとなります。
ほんとに、涙が出るほど、震えます。

まあ、最初だからこれくらいにします。
来年から、ぼちぼち書いていくので、
応援よろしくお願い申し上げます。

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