Diary

2015年08月26日(水)

決定的な本に出会ってしまった

ものを書く。
自分の思考について、自分のアイデアについて書く・・・。

そのことが、本当に重要なのであろうか・・・。
そのことで、本当に自分を満たすことができるのだろうか・・・。

『仏教思想のゼロポイント』という素晴らしい本を書いた、
魚川祐司さんの翻訳した本が、ミャンマー仏教書ライブラリーというサイトから、
ダウンロードして読めます。

『自由への旅』
~ウィパッサナー瞑想、悟りへの地図~
ウ・ジョーティカ(Sayadaw U Jotika)著
魚川祐司訳

私はこの本をいま読んでいます。
あまりに愛おしいので、毎日、少しずつ読んでいます。

すべての行にものすごく大切なことがあふれています。

その中で、今日、はっとしたことを書きます。

著者が瞑想中に素晴らしいアイデアが浮かび、
これを人々に伝えて、啓蒙したいと思い立つシーンがあります。
彼の師匠はこれを禁止します。

「書いてはいけない。
瞑想の記録すら作ってはいけない」

それを書き留めた瞬間に、
瞑想はどこかに行ってしまうというのです。

瞑想は、生きたものであり、
これを記録することはできない。

「無常」についても同じです。
無常は感じ取るものであり、
本で学ぶものではない。

言葉になりませんでした。
私は仏教をみなさんに伝えると意気込みつつ、
何が語れたのかということを。

ヴィトゲンシュタインの言葉を思い出します。

「語りえぬものは、沈黙するほかない」。

しかし、瞑想は沈黙とも違います。
・・・と、言ってここで、瞑想について、語り出しても堂々巡りですね。。
そんな資格も到底ありません。

あさはかです。
知的興奮とか、そんなレベルではない、
なにかを感じ取れたような気がする夜です。

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