Diary

2012年10月30日(火)

人間は、単に感覚の連続体なのだ

寒くなりましたね。
夏は水槽で暴れていた、我が家のカメもすっかり動きをとめ、
省力モードになっています。

今日は少々、小難しく思える話を。

でも、実はシンプルな話です。

思うに、みんな「私」「私」と言いますが、
いつも言っているように、
「私」というものは、
実体がないワケであります。

いつもは「私」なんてものは、
「仮の姿」だと言っていますが、
今日は別の言い方をします。

「私」というものは、
過去から蓄積されて綿々と積み重なっているものと考えがちですが、
実は、一瞬、一瞬の意識の連続体でしかないのです。

「痛み」とか「悲しみ」とか「不安」とか、
そういうものは、そのときそのときの感情のひとつの姿でしかなく、
ある意味、脳内の電気信号の一瞬の流れでしかないのです。

それを「私は悲しい」とか「私は不安だ」などと考えて妄想することから、
人間は気が狂ってくるのです。

「私」などありません。

感覚がパッパッとあたかも点滅するかのようにして、
流れ続けているだけなのです。

思い悩む必要はありません。

私たちはただその意識の流れを、
傍観するだけでいいのです。

「あ、おれ、いま悲しんだ」
「あ、私、いまも妄想した」と
自分を観察していればいいんです。

それだけでも、私たちはずいぶん楽になれるはずです。

 

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