Diary

2012年10月07日(日)

自分のテツガクを自分で生み出す

キルケゴール、22歳の日記。

「根本的なことは、
私にとって真理であるような真理を見出すことである。
そのためになら私がいつでも生きかつ死ぬことができるような
その理念を見出すことである。
いわゆる客観的な真理など発見したところで、
それが私にとって何の役にたつというのだろうか」
(岩波文庫より)

私も歳をとってきて、
このコトバが切実になってきました。

若いときは、「真理とは」などの崇高なテーマを 追い求めて、
さまざまなガクモンに首を突っ込みましたが、
正直言って、ほとんど得ることはありませんでした。

知識は増えましたが、
知識が増えたからといって、
自分が救われるわけではなかったのです。

で、冒頭のキルケゴールの日記。

「私にとって真理であるような真理」が大切なのであり、
「世間にとって真理であるような真理」は、
たとえ、知ったとしても、何の役にもたちませんな。

「私がいつでも生きかつ死ぬことができるような」真理。

それが大事なんじゃないかなー、と、最近は強く思います。

というのも、人生には限りがあるからです。
ソクラテスから現代思想まですべてを読み尽くすには、
人生は短すぎるし、無理です。

かりにそれをすべて知り得たとしても、
あなたの、そして私の生に役立つ真理でなかったら、
ただの娯楽にしかすぎません。

では、どーすれば、いいんでしょう。

私が思うに、
ちょっとお勉強から離れで、
自分のことをじーと考える時間を増やすことだと思います。
しかもばくぜんと考えるのではなく、
テーマを絞って、考え抜くことだと思います。

たとえば、「絶望について」「死について」
「快楽について」「罪について」「笑い」について。

なーんでも、いいんだと思います。
毎日、ノートに思索メモを残してみませんか。
体系立っていなくてもいいんですよ。
殴り書きでもいいんです。
あとで編集すればいいんです。
かっこつけた理屈、とりすました理論は私も苦手です。
とにかく、自分はどーなんだ、というところにこだわり、
自分ノートを一冊つくりあげてみましょう。

もしどうしても、他人の宗教や思想を学びたければ、
ひとりの偉人をただひたすらにおいかけることだと思います。

ま、私も、できていませんが。。

寄り道の多い人生です。

 

Copyright (c) 2012 NIKAIDO TAKERU. All rights Reserved.